水戸藩主水戸光圀について

水戸藩第二代藩主の水戸光圀は茨城県出身の有名人です。

光圀は寛永5年に現在の水戸市で生を受けました。

寛永10年に世子になった光圀は、寛永11年には江戸城で徳川家光に拝謁しました。

明暦3年に、『大日本史』の編纂を開始します。

寛文元年に父の頼房が死去し、光圀は水戸藩の藩主となりました。

翌年、光圀は望月恒隆に水道を設置することを命じました。水戸下町は元々湿地帯であった故に井戸水が濁っており、住民は飲水に困っていたのです。約1年半で完成した笠原水道は、明治時代まで使われることになります。

貞享から元禄にかけては、蝦夷地、即ち現在の北海道の探検を三度実施しました。この時に使われた快風丸は江戸時代の三大船舶の一つです。

元禄3年に隠居し、元禄13年に食道がんでこの世を去りました。

光圀は日本で初めてラーメンを食べた人物として知られています。

なお、光圀が諸国を漫遊する講談やドラマなどが有名ですが、これは後世の創作です。